所得水準は、社会の平均的な生産性で決まる。これはしつこいくらい理解しておいてほしい。プログラマとかは、自分たちの給料が高いのは自分たちが高い生産性を実現しているからだ、と思っている。銀行員は、自分たちが高給取りなのは自分が優秀で高い生産性を実現しているからだと思っているだろう。多くの人は、たとえばフィリピンや旧東欧諸国にでかけて、店員の手際が悪いとか、官僚の仕事が遅いとかいう話をして「あれじゃあ所得が低いのも仕方ないね」なんてことを得意げに語る。「日本なら絶対あんなことはない、だから日本は先進国の仲間入りができたんだ」と。
でも実はちがう。あなたたちの給料が高い理由の大半は、あなた自身の優秀性なんかとは何の関係もない。店員の手際が悪くたって、せいぜいが倍ほど悪い程度のもんだろう。あれやこれやで不満はある。でも大差はない。あなたにとってのはした金で、途上国の人々は奴隷のように働いてくれる。それも嬉々として。でも、それはあなたがえらいとか優秀だということを意味するものではまったくない。あなたがサービス業/第三次産業なら、あなたの生産性はスーパー貧困なカンボジアの同じ業種の人と大差ない。所得水準ほどの差があるわけがない。
あなたの給料が高いのは、社会全体の平均的な生産性が圧倒的に日本のほうが高いからだ。そしてそれを引き上げているのは何だろう。床屋でも官僚でも管理職でもプログラマでもない。トヨタが、松下が、帝人が、すさまじい大量生産によってすさまじい生産性を実現しているからだ。こういうところの工場労働者たちは、後進国に比べて一人あたり数十万倍以上の生産性を実現している。スリランカの労働者は、車(たとえばオートリキシャのボディだけでも)を作るのに一週間以上かかる。だって手で板金を曲げて、パイプを溶接して、屋根つけて、塗装して……というのをやるんだもん。日本では、たぶん、平均で見ると工場の労働者一人あたり二、三分に一台くらいで車が生産できる。ほとんどすべてオートメーションの工場だもんね。
そしてその生産性の差が他のところに波及する。そうした高い生産性の人々は高い給与/所得を実現する。その人々は、たとえば食堂で高いお金を払っても平気だ。そしてそういう人々の保険や、法律相談や、床屋や、その他ありとあらゆるサービスは、その高い生産性の人々の水準にあわせて調整されることになる。高い労働生産性を持つ工業セクターの人々が買う野菜の価格は、それに応じて高くなる。生産性が途上国の 100 倍の人たちは、床屋に途上国の 10 倍払っても平気だ。靴も服も食事も、その他各種サービスもまったく同じ。それがあるからこそ、日本の床屋はフィリピンの床屋の 10 倍の料金を取れるわけだ。日本の管理職は途上国の百倍の給料をもらえる。官僚も、食堂も、あらゆるサービス業がそうだ。はてなに巣くうお気楽大学生どもが、バイトで途上国の高級官僚の何倍ものお金を稼げるのも、究極的にはシャープやソニーやスズキのおかげなんだよ。腐ったアーティストだの、エコロジストだの、勉強不足の新聞記者だの大学教師だのが高い給料をもらってのほほんとして、大企業批判にうつつをぬかしていられるのは、実はかれらが往々にして忌み嫌う大企業の大量生産システムのおかげなんだ。2ちゃんねるに巣くう(一部の)くされニートどもだって、その安楽な生活はかれらがとかく批判したがる大企業が高い生産性を実現している余剰にたかっているだけなんだよ。
前回述べたように、こうした企業が高い生産性を実現できるのは、その他の人々の支えがあればこそ、ではある。そうはいっても、やっぱり肝心なのはすさまじい労働生産性を達成している製造業なんだよ。もちろん、平均労働生産性で決まるのは、社会のベースラインとなる所得/給与水準だ。それだけですべてが決まるわけじゃない。その次に社会の中での需給水準に基づいて、それぞれの仕事の所得/給与水準が決まってくる。そしてその仕事の中では、生産性に応じて所得水準が決まる。もちろん、これが完全にあてはまらない場合もある。細かいところではいろいろ差がある。でも、全体がこんな段階を経て決まってることは理解しなきゃいけない。
所得水準は、社会の平均的な生産性で決まる。これはしつこいくらい理解しておいてほしい。プログラマとかは、自分たちの給料が高いのは自分たちが高い生産性を実現しているからだ、と思っている。銀行員は、自分たちが高給取りなのは自分が優秀で高い生産性を実現しているからだと思っているだろう。多くの人は、たとえばフィリピンや旧東欧諸国にでかけて、店員の手際が悪いとか、官僚の仕事が遅いとかいう話をして「あれじゃあ所得が低いのも仕方ないね」なんてことを得意げに語る。「日本なら絶対あんなことはない、だから日本は先進国の仲間入りができたんだ」と。
でも実はちがう。あなたたちの給料が高い理由の大半は、あなた自身の優秀性なんかとは何の関係もない。店員の手際が悪くたって、せいぜいが倍ほど悪い程度のもんだろう。あれやこれやで不満はある。でも大差はない。あなたにとってのはした金で、途上国の人々は奴隷のように働いてくれる。それも嬉々として。でも、それはあなたがえらいとか優秀だということを意味するものではまったくない。あなたがサービス業/第三次産業なら、あなたの生産性はスーパー貧困なカンボジアの同じ業種の人と大差ない。所得水準ほどの差があるわけがない。
あなたの給料が高いのは、社会全体の平均的な生産性が圧倒的に日本のほうが高いからだ。そしてそれを引き上げているのは何だろう。床屋でも官僚でも管理職でもプログラマでもない。トヨタが、松下が、帝人が、すさまじい大量生産によってすさまじい生産性を実現しているからだ。こういうところの工場労働者たちは、後進国に比べて一人あたり数十万倍以上の生産性を実現している。スリランカの労働者は、車(たとえばオートリキシャのボディだけでも)を作るのに一週間以上かかる。だって手で板金を曲げて、パイプを溶接して、屋根つけて、塗装して……というのをやるんだもん。日本では、たぶん、平均で見ると工場の労働者一人あたり二、三分に一台くらいで車が生産できる。ほとんどすべてオートメーションの工場だもんね。
そしてその生産性の差が他のところに波及する。そうした高い生産性の人々は高い給与/所得を実現する。その人々は、たとえば食堂で高いお金を払っても平気だ。そしてそういう人々の保険や、法律相談や、床屋や、その他ありとあらゆるサービスは、その高い生産性の人々の水準にあわせて調整されることになる。高い労働生産性を持つ工業セクターの人々が買う野菜の価格は、それに応じて高くなる。生産性が途上国の 100 倍の人たちは、床屋に途上国の 10 倍払っても平気だ。靴も服も食事も、その他各種サービスもまったく同じ。それがあるからこそ、日本の床屋はフィリピンの床屋の 10 倍の料金を取れるわけだ。日本の管理職は途上国の百倍の給料をもらえる。官僚も、食堂も、あらゆるサービス業がそうだ。はてなに巣くうお気楽大学生どもが、バイトで途上国の高級官僚の何倍ものお金を稼げるのも、究極的にはシャープやソニーやスズキのおかげなんだよ。腐ったアーティストだの、エコロジストだの、勉強不足の新聞記者だの大学教師だのが高い給料をもらってのほほんとして、大企業批判にうつつをぬかしていられるのは、実はかれらが往々にして忌み嫌う大企業の大量生産システムのおかげなんだ。2ちゃんねるに巣くう(一部の)くされニートどもだって、その安楽な生活はかれらがとかく批判したがる大企業が高い生産性を実現している余剰にたかっているだけなんだよ。
前回述べたように、こうした企業が高い生産性を実現できるのは、その他の人々の支えがあればこそ、ではある。そうはいっても、やっぱり肝心なのはすさまじい労働生産性を達成している製造業なんだよ。もちろん、平均労働生産性で決まるのは、社会のベースラインとなる所得/給与水準だ。それだけですべてが決まるわけじゃない。その次に社会の中での需給水準に基づいて、それぞれの仕事の所得/給与水準が決まってくる。そしてその仕事の中では、生産性に応じて所得水準が決まる。もちろん、これが完全にあてはまらない場合もある。細かいところではいろいろ差がある。でも、全体がこんな段階を経て決まってることは理解しなきゃいけない。
死のうと思っていた。
今年の正月、よそから着物一反もらった。
お年玉としてである。着物の布地は麻であった。
鼠色の細かい縞目が織り込まれていた。これは夏に着る着物であろう。
夏まで生きていようと思った。
太宰治
「徹子の部屋」で、ゲストの香取に
「座頭市は版権の都合で、これで 映画化されるのは最後なんですってね。あたしビックリしました。あなたで終わりでいい のかって」
と黒柳さんからゴルゴ13並に的確なツッコミがあったのにはスゲー驚いたよ!
楽天koboに最初期待していたけれど、決定的にダメだと思ったのは、その前にやっていたRabooの電子書籍サービスをいとも簡単に見限って、そこまで買ってくれた人たちの本の資産をざっくり切ったことだ。(たしか6000いくら分までしか保証しなかった)
暴挙といっていい。三木谷氏は二度と本など売ってはいけない。英語を話せる手下と一緒に無人島に流されて蝿の王にでもなればよい。
自分は絶対に楽天で買い物をしないと決めた。
企業のリストラ部屋みたいに、出来の悪い生徒を追い出すための意図的な手段なんだろうけど。
この点に関して頭のいい人々の最も大きな罪は、僕らが提供できる助けならどんなものでも切実に必要としている実際の経済のことを考えずに、「私の答えが唯一の答だ!」と言って、自分の縄張りを守ることばかり考えることだ。
子供二人を余裕で大学まで行かせてあげられると言えるだけの収入ある人が
妻に15000円しか渡してあげないって金銭的DVじゃないの?
ここで主婦に15000円は高いとか羨ましいとか言ってる人って生活苦しい人でしょ?
余裕の暮らしが出来るはずのに、させて貰えないって辛いと思うけどな
特に実家が金持ち、友人知人が高所得層ならなおさら息苦しく感じてそう